宝筐院略史
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室町幕府の二代将軍足利義詮(あしかが・よしあきら)は、貞治四年(1365)に母の死去にあいました。
その法要の席において、黙庵から経典の講義を聞き、更に参禅問答したことを契機に黙庵に帰依しました。
そして、師のために善入寺の伽藍整備に力をいれました。
当時は、東から西へ総門・山門・仏殿が一直線に建ち、山門・仏殿間の通路を挟んで北に庫裏、南に禅堂が建ち、仏殿の北に方丈、南に寮舎が建っていました。

お寺の位置は『応永均命図』(室町時代前期の嵯峨地域寺院配置図)によると現在地と変わっていません。

用語解説
(『広辞苑 第五版』CD-ROM版 より)

●法要
【ほうよう】
法事。

●禅問答
【ぜんもんどう】
禅家で、修行者が疑問を問い、師家(しけ)がこれに答えるもの。

●帰依
【きえ】
神・仏などすぐれた者に服従し、すがること。

●伽藍
【がらん】
1)僧侶たちが住んで仏道を修行する、清浄閑静な所。
2)後に寺院の建築物の称。

●総門
【そうもん】
禅寺の表門。外構えの大門。

●山門
【さんもん】
(寺院は山林にあるべきものとして山号を有したのでいう) 寺院の門。

●仏殿
【ぶつでん】
仏・菩薩の像を安置し礼拝する殿舎。仏堂。

●庫裏
【くり】
寺の台所。庫院。転じて、住職や家族の居間。

●禅堂
【ぜんどう】
禅宗で、僧が坐禅する堂。

●方丈
【ほうじょう】
(天竺の維摩居士の居室が方1丈であったという故事から)禅宗などの寺院建築で、長老・住持の居所。
本堂・客殿を兼ねる。

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